「ヤングケアラー」という言葉、今SNS上などで頻繁に耳にするようになりました。
つい先日も、探偵ナイトスクープの番組内で放送された内容が、視聴者の間で問題視されるという出来事がありましたね。
皆さんは、この「ヤングケアラー」についてどんな印象がありますか?
家族の介護や世話、家事や育児など、本来は大人が担うべき役割を、子どもが日常的に背負わされている状態が、これにあたります。
ニュースやテレビで取り上げられるたびに、
「子供がかわいそう」「親は何をしているのか」
そんな声が多く聞かれます。
けれど私は、この問題を見ながら、ずっと別のことを考えていました。
実は、私の母もヤングケアラーだったのではないか。
昭和の家庭には“当たり前のヤングケアラー”がいた
私の母は、いわゆる毒親でした。
感情の起伏が激しく、共依存的で、
私は子どもの頃、常に母の顔色をうかがいながら生活していました。
私の家庭内でのポジションは、母のサンドバッグ。
父親の悪口から、近所の人の悪口、ありとあらゆる罵詈雑言を私は受け止めてきました。
長い間、私はこう思っていました。
「どうしてこの人は、こんなにも未熟なんだろう」
「実の親なのに、なぜ私を苦しめるのだろう」
けれど、長い人生を歩むうち、あることをきっかけに母に対する新しい視点が生まれました。
母が育った戦時中の昭和は、今とはまったく違いました。
どこの家庭も兄弟姉妹が多く、祖父母と同居する大所帯。
長男・長女は、親の代わりとして振る舞うことを求められる。
子どもでいることを、最初から許されなかった子どもたち。
そこには、「ヤングケアラー」という言葉すら存在しませんでした。
認知症になった母が、初めて語った子ども時代
母がまだ認知症になる前、
自分の子ども時代の苦労を語ることはほとんどありませんでした。
ところが、認知症が進み、子どもがえりした母は、ある日ぽつりとこう話しました。
「妹たちをおんぶして、抱っこして……
友達と遊ぶことなんて、許されなかった」
「特に〇子(母のすぐ下の妹)は重たくて憎たらしかった…。」
母はそう吐き捨てるように言い、目にいっぱい涙をためていました。
母はずっと、
自分の人生を奪われたまま子育ての片棒を担がせられ、大人になった人だったのかもしれないと、私の考える母の育った背景の解像度がグッと上がったような気がしました。
ヤングケアラーだった人が、大人になったとき
もちろん、だからといって、
母が私にしてきたことが許されるわけではありません。
暴言、支配、感情の押し付け。
それらは、どんな過去があっても正当化されるものではありません。
ただ同時に、こうも思うのです。
ヤングケアラーだった人は、
・甘える経験がない
・助けを求める感覚を知らない
・感情を受け止めてもらった記憶がない
子どもらしく振舞うことを許されず、そのまま大人になることがあります。
感情の扱い方を学ばないまま親になると、
自分の不安や怒りを、無意識のうちに子どもへ向けてしまう。
昭和という時代は、
「心のケア」や「親になる準備」など、根性論が主流の時代であり、
身体で覚えることで学んでいく社会でした。
忍耐強い、弱音を吐かない人間だけが評価される時代だったのです。
今のヤングケアラー問題は、過去ともつながっている
現代では、ヤングケアラーは社会問題として少しずつ認知され、支援制度も整いつつあります。
けれど、私たちの親世代――
昭和のヤングケアラーたちは、誰にも気づかれず、
涙をこらえて踏ん張って、誰にも助けられずに生きてきました。
その傷は癒されないまま、
次の世代へと連鎖していくことがあります。
毒親問題とヤングケアラー問題は、
決して別々の話ではありません。
同じ構造の中で生まれ、続いてきたものなのだと思います。
理解することと、許すことは違う
ここで大切にしたいのはひとつだけです。
理解することと、許すことは違います。
親の過去を知ったからといって、
自分が受けてきた苦しみが消えるわけではありません。
無理に許す必要もありません。
ただ、
「なぜ、あの親はああだったのか」
その背景を知り、理解を深めることで、
自分の人生を親の問題から切り離すことはできる。
それは、毒親育ちの回復において、とても大きな一歩になります。
ヤングケアラーは、特別な家庭だけの問題ではありません。
昭和の家庭には、
ラベリングされなかったヤングケアラーが、無数に存在していました。
そしてその子どもたちが大人になり、
十分に癒されないまま親になってしまったケースも少なくありません。
この問題を「誰かの家庭の話」で終わらせず、
世代を超えて続いてきた構造として見ていくこと。
それが、これ以上同じ苦しみを繰り返さないために、
私たちができる大切な視点なのだと思います。
もしこの記事を読んで、心が揺れた方へ
この記事を読みながら、
「うちの親も、もしかしたらそうだったのかもしれない」
「毒親だと思ってきたけれど、気持ちが少し揺れている」
そんな感覚が出てきたとしたら、それはとても自然な反応です。
親の背景を理解しようとすると、
怒りと同時に、悲しみや混乱が一緒に湧いてくることがあります。
ただひとつ大切なのは、
親の人生を理解することと、あなたの人生を犠牲にすることは別だということ。
親がどんな過去を生きてきたとしても、
あなたが苦しんできた事実は変わりません。
「頭ではわかっているのに、気持ちが整理できない」
「もうこれ以上、親の問題を背負いたくない」
そんなときは、一人で答えを出そうとしなくて大丈夫です。
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私、ルーム718は、
毒親育ち、共依存、愛着の問題を抱えてきた方のお話を、
正解探しではなく、気持ちを整理する時間、
あなたの心の問題を一緒に考えサポートしております。
なかなか人に言えない話でも安心してお話しいただける空間をこころがけております。
はじめての方も、他プラットフォームで何度かお話しさせていただいている方も、
どうぞ、お気軽にお声かけお待ちしております😊🍀


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