善意を前提にしたサービスが、なぜ人を壊してしまうのか

メンタルヘルス

「助け合い」「優しさ」「誰も取り残さない社会」。

こうした言葉は、とても美しく聞こえます。
けれど現実の中では、その“善意”が人を追い詰めてしまう場面も少なくありません。

私はこれまで、オンラインで数多くの相談を受けてきました。
その中で強く感じていることがあります。

それは、
善意を前提にした関係は、必ずどこかで歪みが生まれるということです。

善意が前提になると、境界線が消えていく

人と人との関係には、本来「線」が必要です。

・ここまでは頼っていい
・ここから先は相手の負担になる
・これは有償でお願いすること

こうした境界線があるからこそ、関係は健全に続きます。

しかし「優しさ」や「善意」が前提になる場所では、その線が少しずつ曖昧になっていきます。

「少しくらいなら大丈夫だろう」
「困っているんだから仕方ない」
「本当に辛いんだから、聞いてもらえるはず」

こうした思いが重なり、いつの間にか相手の時間や心を無意識に消費する関係が生まれてしまいます。

境界線のない関係は、必ず誰かが壊れる

境界線がない関係の中で、最終的に壊れるのはどちらでしょうか。

多くの場合、それは
我慢し続けている側、受け止め続けている側です。

人の悩みを聞き、感情を受け止め、整理を手伝うことは、立派な感情労働です。
それは決して軽い作業ではありません。

感情労働は、善意だけでは続きません。
適切な距離と対価がなければ、支える側の心は確実に摩耗していきます。

これは相談業界に限った話ではなく、
恋愛、家族、職場など、あらゆる人間関係に共通する構造です。

「お金がないけど相談したい」という言葉の危うさ

ときどき、

「お金がないけれど相談してもいいですか」
「試しに少しだけ聞いてもらえませんか」

そんな言葉を耳にすることがあります。

この言葉自体が悪いわけではありません。
発言側も決して悪気があるわけではなく、現状を伝えているという心理なのでしょう。
ただ、その奥にはひとつの危うさがあります。

それは、
相手の時間や心を無意識に“無償の善行”として扱ってしまう感覚です。

本音を受け止めること、人生の問題に向き合うことは、簡単な作業ではありません。
そこには集中力も経験もエネルギーも必要です。

対価を支払うという行為は、
相手を尊重するための大切な行動でもあります。

その線を曖昧にしたままでは、どんな関係も長くは続きません。

本当に自分を大切にしたい人ほど、線を引いた関係を選ぶ

不思議なことに、
本気で自分の人生と向き合おうとする人ほど、境界線を大切にします。

・きちんと時間を取る
・きちんと対価を支払う
・覚悟をもって話す

そうした姿勢があるからこそ、対話は深まり、現実が少しずつ動き始めます。

一方で、善意だけに頼ろうとすると、受け取る側も真剣にはならず、
悩みは同じ場所を何度も回り続けてしまいます。

安全に本音を扱うために必要なもの

弱さや本音は、とても繊細なものです。
だからこそ、安心できる枠組みの中で扱われる必要があります。

私のカウンセリングでは、

・境界線を明確にすること
・一方的な我慢が生まれないこと
・現実と向き合える対話であること

を大切にしています。

それは冷たさではなく、
相談者の人生を軽く扱わないための姿勢です。

カウンセリングを初めて受ける方へ

私ルーム718のカウンセリングでは、
毒親育ちや機能不全家庭で育った影響、
愛着の問題や発達特性による対人関係のしんどさ、
恋愛や人間関係で同じパターンを繰り返してしまう悩みなどを中心にお話を伺っています。

「自分が悪いのかもしれない」
「我慢すれば何とかなると思ってきた」
そんなふうに抱え込んできた方が、
少しずつ自分の感覚を取り戻していくための時間を相談者様と一緒に作っています。

一方的に答えを押しつけたり、綺麗事でまとめることはしていません。
その代わり、今の現実を整理し、これからどう生きていくかを一緒に考えていきます。

当ホームページから直接お申し込みいただいた場合は、
相談アプリ経由よりも、継続的に料金を抑えた形でご案内しています。

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あなたの人生を軽く扱わない対話を、なによりも大切にしています。

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