子どもの頃、
本気で怖い思いをして家に帰り、
興奮しながら出来事を話したのに、
親にまともに取り合ってもらえなかった経験がある。
数多くそういった経験はしていますが、その中の一つをお話しします。
あれは、小学校低学年のころでした。
同じ団地の友達とエレベーターホールの外のスペースで遊んでいたときに、
大人の運転する車に追い回されたという、にわかに信じがたい出来事がありました。
ニヤニヤ笑いながら、
ハンドルを左右に切って追いかけてくる車に乗った大人の男性。
必死で逃げて、ローラースケートを脱ぎ捨て、
息を切らしながらエレベーターに乗って家に帰った。
今思えば、
あれは「怖い思いをした」程度の話では済まされない、
かなり危険な出来事だったと思う。
でも当時、
母にその話をしても、面倒くさそうな態度で、
真剣に受け止めてもらえることはなかった。
過干渉だけど無関心な親
私の親は、
放任だったわけではないのです。
それどころか極度の過干渉で、
逐一私の行動を監視し、口出しをする。
食べるものや量の管理もする。
制限も多い。
でも、
私が何を感じたか
どれほど怖かったか
また、どんなにうれしかった出来事があっても、
私の感情については、まったくといっていいほど関心がなかった。
こういう家庭で育つと、
人は自然と学習するものです。
- 話しても無駄
- 感情は理解されない
- 誰にも言えず自分で処理するしかない
感情を抑え込み、一人で生き抜くすべを身に着けるしかなかった。
そんな経験をしている人は私だけでは決してないはずです。
守られなかった体験は、なかったことにならない
関心を向けてもらえなかった体験は、
その場で終わりません。
成長して立派な大人になってからでも、
- 自分の感覚を信用できない
- 「この程度で辛いと思う自分がおかしいのでは」と感じる
- 助けを求める前に諦めてしまう
- 何でも一人で抱え込む
こうした形で、体に染みついてしまうものです。
頭では
「大したことじゃなかった」「やり過ごして忘れよう」
と大人として、社会人として整理できていても、
体や感情は覚えているので内心ではずるずる引きずってしまう。
あなたの感じた怖さは、一人で抱えるべきではなかった
子どもの頃に感じた恐怖や不安、孤独は、
どんなに楽しい経験をたくさんしたところで、
後から上書きされるものじゃない。
小さなトラウマが積み重なって、時折フラッシュバックすることもあります。
- 大人が真剣に受け止めるべきだった
- 守られるべき場面だった
- 一人で処理させる話ではなかった
本来はそのように周囲の人々の配慮で庇護されるべき立場だったあなたが、
「気にしすぎ」
「大げさ」
などと、心無い言葉で流された経験がある人は、少なくないはずです。
問題は、
孤独感を抱えたあなたの問題ではなく、
受け止める側に余裕も関心もなかったこと。
今、大人になったあなたへ
もし今も、
- 何かあっても「まあいいや」と飲み込んでしまう
- 本音を言う前から諦めてしまう
- 人に期待するのが怖い
そんな感覚があるなら、
やり過ごすことをやめましょう。
「誰にも拾ってもらえなかった経験」は、
やりきれないあなたの心の中にまだ残っているのではないでしょうか?
あのときの怖さは、
誰かに寄り添ってもらうべきだった。
あなたの過去の辛い体験をどうかやり過ごさないでください。
親に関心を持ってもらえなかった人は、
自分の感情を軽く扱いがちになるものです。
でも、
あなたの体験したことは、
最初から軽いものじゃなかったはずです。
それを言葉にしていい場所は、
あっていいのではないでしょうか?
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