10代の私を救ったラジオと、Todd Rundgrenの「I Saw the Light」——愛着に傷を持つ人が内向的な音楽に惹かれる理由

愛着障がい

ラジオだけが、ちょうどいい距離にいてくれた

家庭でも学校でも居場所がなかった10代の頃、私はピーター・バラカン氏のラジオ番組に夢中になっていた。

毎週、ヘッドホンをつけて2DKの寝室に閉じこもって(閉じこもるといっても、家族4人の小さな公団の一室なので、厳密にいえば閉じこもってはいませんでしたが…😓)
自分だけの世界に入り込むその時間だけが少し息ができた。

当時の私は、人との距離の取り方がよくわかりませんでした。周りに調子を合わせれば疲れるし、孤立すると猛烈に不安になる。どこにいても少し浮いているような感覚がずっとあって、現実の場所には私の居場所なんてない、とすら感じていました。

そんな中で、出会ったのが当時NHKFMで放送されていたピーター・バラカン氏のラジオ番組。あまりにも昔の話過ぎて、残念ながらタイトルは憶えていません。ネットで検索したのですが、どのタイトルも違うような気がしたので、ご紹介できずすみません。


バラカン氏は、イギリス人特有の乾いたユーモアを交えながら、アーティストのエピソードを淡々と時に熱く語る情熱に魅了されたのだと思います。

その語り口には、侘び寂びのような優しさがあったりして。これもネット情報ですが、バラカン氏はロンドン大学の日本語学科を卒業されているそうです。膨大な音楽への造詣を惜しみなく分け与えてくれる彼の番組は、私にとってまさしく音楽辞書のような存在で、勝手に与えられているような感覚で、毎週その時間を待ちきれずにいました、

最近、またポッドキャストの人気が高まっているようですが、当時の私にとっても、ラジオを聴いている時間だけは、一人じゃない気がしてとても安心感がありました。

「I Saw the Light」との出会い

バラカン氏は毎回、数々のアーティストを独自の視点で紹介しており、そんななかで、ある日再生された一曲になぜだか強く打たれました。

軽やかでポップなのに、どこか切なくて懐かしいような、ザワザワするような感覚とともに、内側に沈んでいくような感触のある曲。それが Todd Rundgren の「I Saw the Light」だった。

どうしても気になって、その曲が収録されている『Something/Anything?』を買った。

聴いてみると、そのアルバムは想像していた以上に奇妙で、ふざけたような真面目なような、言語化しづらいおかしみ(?)が、ますます私の心をとらえて離しませんでした。明るいポップソングもあれば、ひどく内省的な曲もあり、軽やかなのにどこか孤独で微熱があるような不思議さで、どの曲も少しだけ現実から浮いているという感覚。10代のみずみずしい感性を、根底から揺さぶってくるような世界観でした。

「なぜ一人でやるのか」が、他人事に感じられなかった

後で知ったのだが、このアルバムの多くを Todd Rundgren はほとんど一人で録音しているという変態さ。

Todd Rundgrenは、アメリカのフィラデルフィア出身のアーティストで、自宅で様々な楽器を独りで演奏し録音するという、めちゃくちゃこだわりの強い風変りなミュージシャンです。ソロ名義のほかにも数々の曲をプロデュースしています。(気になった方はぜひWikiったり、AIに聞いてみてください。)

自分ですべてをこなしてしまう不器用で職人的なマインドが、今でいうところの「私の心にぶっ刺さった」というわけです。

なぜそこまで一人でやろうとするのか。なぜ独自の完成度に強くこだわりを持ち、スタジオミュージシャンを雇わないのか?——その問いが、他人事に感じられないのは、私自身も思いついたらとにかく動いてしまう人間だから他人とは思えないのではないか?今思えばその答えがここに詰まっているような気がしてなりません。

誰かに任せるより全部自分でやったほうが早いし、正解に近づけるという思考パターンには勝手ながら、ひどく共感してしまうのです。

愛着に傷を持つ人が、内向的な音楽に惹かれる理由

誰かに合わせるより、自分の内側に閉じて独自の世界にいた方が安心できる。そういう感覚を、私は子どもの頃からずっと持っていました。

今ならなんとなく言語化できるようにもなりました。

Toddがどうだったかは不明ですが、長年生きづらい世界で踏ん張ってきた私自身の思いは、安心して頼れる相手がいないまま育つと、人は外の世界よりも内側の世界で生きるようになるのだ、ということです。人に期待しない代わりに、自分の中に居場所を作る。人になにかを求めて与えられず傷つくよりは、音楽や本や、自分だけの内側の世界に預ける方が、ずっと安全に感じられるという価値観。

Todd Rundgren の音は、私にとってはどこかで静かに燃え続ける焚火をイメージするような音です。遠いと寒くなるけど、近づきすぎるとやけどするような情熱的な音。

メロディアスでポップなのに、どこか孤独で、他人に触れられない場所から鳴っているような音。誰とも共有できないまま、一人で完結している音。「I Saw the Light」は軽やかなポップソングなのに、歌詞をよく聴くと、何かに気づいた瞬間の戸惑いと、もう元には戻れないような感覚が漂っているのです。幸せなはずなのにどこか不安で、分かったつもりでもどこかつかみどころのないあの感覚。

その曖昧な感触が、当時の私の気分に妙に重なったのだと。

言葉にできなかったものを、音楽だけは知っていた

何十年経った今でも、ふとした瞬間に「I Saw the Light」が頭の中で鳴ることがあります。誰にでもある自分だけの入場曲。思えば私のテーマソングはこの曲のような気がしています。どこにいても少し周りから浮いていて、外から見ると危なっかしくても、私自身はしっかり地に足をつけている、そんな感覚といえばいいのでしょうか。

「音楽だけが分かってくれた」「本の中だけが安心できた」「現実の人間関係よりも、漫画や映画のような架空の世界の方が居心地よかった」——そう話す人の多くに、愛着の問題や機能不全家庭での育ちが背景にあることは確かでしょう。それは逃避でも弱さでもなく、安全な場所が外になかったから、内側に居場所を作るしかなかった、ということだと私は深く共感できるのです。

言葉にできなかったものを、Todd Rundgrenの音楽だけは知っていた気がしています。あの頃の私にとっては、その世界観がすべてだったといっても過言ではありません。

「なんとなく生きづらい」に、言葉を与えるお手伝いをしています

私、ルーム718は、
毒親育ち、機能不全家庭、
愛着や発達特性による対人関係の生きづらさ、
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