――支配・無関心・母子密着の終わりと、関係の“死”の感覚
私は普段、毒親や機能不全家庭の話をテーマに、クライアントさんとお話をすることが多い。
それは、私自身がまさに機能不全家庭で育ち、指示的・支配的・過干渉な母の顔色や機嫌をうかがいながら生きてきた人間だから。
「機嫌を損ねないように」
「期待を裏切らないように」
そうやって生きることが、私のデフォルト設定だった。
母はいわゆる典型的な毒親タイプで、指示が多く、支配的で、干渉が強く、こちらの人生をコントロールしようとする。
でも実は、私という人間そのものには、ほとんど関心がなかった。
母にとって私は、母が自分の話をしたいときだけ存在する、都合のいい娘。
私が何か話をしようとすると、母の興味がある話にすり替えられる。
気持ちを伝えようとすると、シャットダウンされる。
感情を向けても、不機嫌になり、そっぽを向かれる。
こちらの内面や気持ちには興味がないのに、
行動や選択には口出しする。
進路、態度、生き方には干渉する。
コントロールはするけど、共感はしない。
支配はするけど、関心はない。
近いようで、ものすごく遠い。
今振り返ると、
私は「愛されなかった」というより、
母の眼中になかったという感覚のほうが強い。
それでも私は、どこかでずっと
「母に認められたい」
「母に愛されたい」
と思って生きてきた。
毒親育ちの人には、わりとよくある矛盾だと思う。
傷つけられてきたのに、雑に扱われてきたのに、それでも親の承認を求めてしまう。
頭ではこの不条理に気づいているのに、身体が言うことを聞かないような感覚に、ずっと苦しんできた。
私は母の住む東京から3000km離れた九州の某所に引っ越して、もう6年目になる。
距離を取ったことで楽になった部分も確かにあるけど、正直に言うと、最初の2〜3年は、母からの執着をかなり強く感じていた。
母は、私が幼い頃のアルバムを毎日のように見返している様子もあり、
「今日もあんたの子どもの頃の写真を見てたのよ」
「本当にあんたの小さいころは、かわいくてね」
と、泣きながら電話をかけてくることもあった。
そのたびに、
母にとって私は“都合のいいペット”だったんだな
と思ったりもした。
自我が芽生える前の私は、母にとってコントロールしやすい、小さな子ども。
でも、いい歳した今の私は、母にとってはただの“どこかのおばさん”。
「あんたに会いたい」
「会いたい、会いたい」
そう何度も繰り返されるたびに、私は正直、かなり息苦しかった。
「今の私」じゃなくて、「昔の私」に向いている執着。
そこに、強い違和感があった。
距離を取ったはずなのに、
物理的に離れたことで、むしろ
母と私の“母子密着”の強さを、はっきり実感させられる
そんな感覚があった。
私は逃げたつもりでいたけど、
実際には、がっちり絡みついた関係性の中に、まだいたんだと思う。
それが、ここ1年くらいで、急に変わった。
あれだけ強かった執着が、
まるで糸が切れたみたいに、スッと消えた。
会いたいとも言わなくなり、
過去の話もしなくなり、
私の存在に触れること自体が、明らかに減っていった。
最初は戸惑った。
「え? 何が起きてる?」
「急にどうしたんだろう?」
そして、ふと浮かんだのが、
これは、母と私の関係の“死”なのかもしれない
という感覚。
正直に言うと、
呪縛が解けた感じはある。
あの重たい母子密着、
あの息苦しさから、
ようやく解放されたような感覚も、確かにある。
でも同時に、
最近、妙に寂しい。
自由になったはずなのに、
ぽっかり穴が空いたような感じ。
解き放たれたのに、
置き去りにされたような感じ。
この矛盾した感覚を、私はどう扱えばいいのか、正直まだよくわからない。
たぶんこれは、
関係が終わる時の空虚感なんだと思っている。
愛着が強かった分だけ、
歪んでいた分だけ、
終わり方もグダグダ。
そして実は、ここ1年ほどで、母の認知症が一気に進行した。
少し前までは、
「施設に入りたい」
「もう一人で生活するのは無理」
といったLINEが頻繁に来ていた。
それが、ある時期からピタッと来なくなった。
私が「元気にしてる?」と送っても、返事がない。
既読はつくけど、返信はない。
そんな状態が続いている。
最近は、
母の記憶から、私の存在そのものが薄れていっている
そんな感覚がある。
これに関して、
「肩の荷が下りた?」
「やっと楽になった?」
と聞かれると、正直、そんな単純な話じゃない。
確かに、支配や干渉からは距離ができている。
でも同時に、
母は生きているのに、私は忘れられていく。
この状況は、思っていた以上に苦しい。
私は、母に愛されたかった人間だから。
ちゃんと見てほしかったし、認めてほしかったし、「よくやってるね」と言ってほしかった。
でも実際には、
感情は受け取られず、
関心も向けられず、
コントロールだけされてきた。
その関係のまま、
何も回収できないまま、
母の認知の中から、私という人間の存在が消えていく。
まるで抑揚のない3時間のロードムービーのエンディングみたいに。
これは、いわゆる“解放”とはまったく違う種類の喪失だ。
毒親育ちの人は、
「もう関わらなくていい」
「縁を切れてよかった」
と言われがちだけど、実際の感情はそんなに単純じゃない。
どんな毒親だったとしても、
子どもにとっては替えのきかない存在。
むしろ、愛されなかった分だけ、心の奥でずっと求め続けていることもある。
だからこそ、
生きているのに、いなくなっていく。
この感覚は、かなり独特で、想像以上に辛かったりする。
多くのクライアントさんとお話をする中で、
親が高齢になったとき、病気になったとき、認知症になったときに、気持ちに収拾がつかなくなる人は本当に多い。
・やっと楽になれる気がする人
・罪悪感で潰れそうになる人
・何も感じない自分を責める人
・私のように「愛されるチャンスごと失った」と感じる人
どれも間違いじゃない。
それぞれの愛着の形が、人の数だけある。
「毒親だったんだから切れてさっぱりしたでしょ」
なんて簡単な話じゃない。
母は生きている。
でも、私の中では、少しずつ“いなくなっていっている”。
この感覚は、かなり言葉にしづらいし、正直あまり理解されない。
でも、もし同じような状況にいる人がいたら、伝えたい。
毒親育ちでも、
私たちは親に対する憎しみだけで生きているわけじゃない。
「見てほしかった」「大事にされたかった」自分を抱えたまま、生きている人はたくさんいる。
この文章が、誰かの「言葉にできなかった感覚」に触れられたら、うれしいです。

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