母の記憶は消えていく。それでも消えなかった母親の本能

砂浜に残るひとつの足跡。消えていく記憶と残る母性をイメージ メンタルヘルス

今日、母のケアマネさんと電話で話しました。
母の介護認定が2に上がりました。

脳の萎縮も進行し、認知症がこの1年でかなり進んでいるとのことでした。

確かに最近の母は、亡くなった父の名前も、うちの家業が寿司屋だったことも「知らない」と言います。

ケアマネさんが「娘さんが…」と言えば、「私に娘なんかいません」などと、素っ頓狂なことを言うことも増えてきたそうです。

兄や兄嫁と私はほぼ絶縁状態なので、まったく交流がないため、
私はこうして東京にいるケアマネさんに時折、母の様子を知るため電話しているのです。

愚かな我が身を恥じるようですが、親はずっと親のままでいるような気がしてしまうんですよね。でも現実だけは静かに、こちらの気持ちを置き去りにして先へ進んでいくものなんですね。

親は老いていく。でも頭が追いつかない

そんなことを考えていた時、今年の2月の出来事を思い出しました。

私がほぼ半年ぶりに帰省した日のことです。

母の住む街の駅に着く少し前、「もうすぐ着くよ」とLINEを送りました。

ちなみに母は、不思議なことに私が東京を離れる前、最後の力を振り絞って教え込んだLINEの使い方だけは今でも覚えています。84歳の認知症の母ですが。

しばらくして返信が来ました。

「駅まで迎えに行く」

え?いやいや、またまた、と、思わず笑ってしまいました。

いやいや、まさか。

今の母は、外へ出た途端に右も左もわからなくなることがあります。

徒歩数分のスーパーですら、食材が足りないことより、買い物をするわくわく感より、
頭の隅に備わっている危機管理能力が勝っているのか、自分からは行かなくなりました。

とにかく一人で外へ出ることを避けるようになっていることは、ほぼ毎日のビデオ通話のやり取りなどでうっすら認識はしていました。

駅まで母の足でおそらく15分の道のり。
だから「迎えに行く」は、正直ありえないと思っていました。

母が改札に立っていた

ところが駅に着くと、本当に母がいたのです。

改札の前にスッと立っていて、エレベーターを降り、改札に向かって歩いてくる私に一瞬で気づき、迷いなく手を振っていました。

半年以上会っていないし、しかも認知症はだいぶ進んでいるのです。

父の名前も、昔の記憶も曖昧になっているのに、どうして私のことは姿かたちだけで即座に認識できるのでしょう?

あの時私は、認知症って不可解すぎないか…。と心の中でつぶやいていました。

認知症は時々わけがわからない

できなくなっていくことは増えていく。

記憶も抜け落ちる。

名前も、出来事も、家族の輪郭すら曖昧になる。

なのに突然、脳のどこかの回路だけが全点灯する瞬間がある。

母の中の何が私を見つけたんだろう。

顔だったのか。

歩き方だったのか。

それとももっと古い場所にある何かだったのか。

ふと思い出したのが、オットセイの話です。

何百匹もの子どもたちの群れの中から、母親は迷わず自分の子どもを見つけ出すそうです。

鳴き声なのか、匂いなのか、説明のつかない感覚なのか。

理屈よりもっと深い場所に刻まれたもの。

もしかすると母性とは、そんな理屈ではない何かなのかもしれませんね。

毒親だった母を、今になって思うこと

母のルッキズムも、男尊女卑発言も、毒親エピソードも語り出したらきりがありません。

私は母に好かれたくて必死でした。家庭内ではピエロを演じて、
毎日顔色を見て育ったし、今でも消えない傷はたくさんあります。

だから母との関係すべてを美談にするつもりもありません。

ですが、母とその母との間にあった出来事(母の母の自死)を告白された日以来、
私にとっての母という存在の解像度がグッと上がったのは言うまでもありません。

親もまた、自分の時代や環境や傷の中で、不器用なまま親になった人間だったと認めざるを得ないのです。

愛し方がわからなかった人は、愛していない人とは少し違う。

上手く手渡せなかっただけで、本当は必死で渡そうとしていたのかもしれません。
私自身も不器用で受け取り方がわからなかった、ということなのでしょう。

私はこの人の娘でよかったのかもしれない

あの日、外へ出る不安も忘れ、しっかりした足取りで駅まで迎えに来て、改札で迷いなく手を振っていた母の姿を、私はこの先おそらく一生忘れないでしょう。

九州からはるばる帰ってくる娘を待っていたのは、認知症の母ではなく、ただの「母」だった気がしています。

そして今になって少しだけ思います。

いろいろあったけど、私はこの人の娘で、きっと良かったのかもしれない。

そんな風に母を思い涙を流している自分に、一番驚いています。


私、ルーム718は毒親育ち、機能不全家庭、愛着や発達特性による対人関係の生きづらさなど、人にはなかなか言えない心の整理に寄り添ってきました。

親との関係は「嫌い」「好き」だけでは語れないことがあります。

傷ついた記憶があるのに、失うのが怖い。

そんな矛盾も、人間としてとても自然なことだと思っています。

もし似たような気持ちを抱えている方がいたら、一人で抱え込まず、お気軽にお声掛けください。

心理カウンセラー|ルーム718として活動しております

コメント

タイトルとURLをコピーしました