毒親育ちが「自分の人生に光を当てる」ということ|親に向けていた意識を自分自身へ戻す

メンタルヘルス

「誰かに優しくされると、なぜか警戒してしまう」

「人から助けてもらうのが苦手」

「本当は甘えたいのに、つい突っぱねてしまう」

「親にされたことを、何度も思い出してしまう」

アダルトチルドレン(AC)や毒親育ちの方とお話をしていると、こうした悩みを耳にすることがあります。

一見すると、「人の優しさを素直に受け取れない」という問題のように見えるかもしれません。

しかし、その背景には、幼少期から身につけてきた「自分を守るための心の習慣」が隠れていることがあります。

そして、親との関係に傷ついてきた人にとって、本当に大切なのは「親をどう変えるか」ではなく、少しずつ自分自身の人生へ意識を戻していくことなのかもしれません。

親から大切にされなかった人ほど、人の優しさを警戒することがある

たとえば誰かから、

「大丈夫?手伝おうか?」

と声をかけられたとします。

普通なら「ありがとう」と受け取れるような場面でも、毒親育ちの人の中には、

「……何が目的なの?」

と、つい身構えてしまう人もいます。

ちょっと極端に言えば、

「無料でそんな優しさを提供するなんて、何か裏があるでしょ?😑」

くらいの警戒心です。

これは「性格が悪い」という単純な話ではありません。

幼い頃から親の機嫌をうかがってきた人、安心できる家庭環境を持てなかった人、愛着形成の過程で「人を信じても大丈夫」という感覚を十分に育てられなかった人にとっては、他者からの優しさそのものが未知のものになっている場合があります。

「優しくされたあとに、何かを要求されるのではないか」

「期待したら、また裏切られるのではないか」

「近づいたら、傷つけられるのではないか」

そんな警戒が無意識に働くのは無理もないことです。

「人を信じられない」のではなく、自分を守ることを覚えてきた

ここは、アダルトチルドレンや毒親育ちについて考えるうえで、とても重要なところです。

人を信じられない自分を、

「私は人間関係が下手だから」

「素直じゃないから」

「もっと心を開かなきゃ」

と責めてしまう必要はありません。

それまでの環境の中で、そうすることが自分を守るために必要だったのであれば、その反応にはちゃんと理由があるのです。

たとえるなら、厳しい環境を生き抜いてきた野生動物が、突然人間から餌を差し出されても、すぐには近づかないのと少し似ています。

「これは安全なのか?」

まず確認する。

それだけ慎重にならなければ生きてこられなかったのかもしれません。

だから、

「もっと人を信じましょう」

「もっと甘えていいんですよ」

と言われても、そう簡単にはいきません。

頭では理解できても、心や身体のほうが「いやいや、そんな簡単に信用するな」とブレーキをかけることがあります。

まずは「自分はいま警戒している」と気づく

では、どう向き合っていけばいいのでしょうか?🤔

いきなり誰かを全面的に信頼する必要はありません。

まずは、

「あ、自分はいま優しくされることを警戒しているんだな」

と自分自身の気持ちに気づいてみてください。

それだけでもいいのです。

「ありがとう」と、とりあえず言って受け取ってみる。

でも、全部を相手に委ねる必要はない。

助けてもらいながら、自分で決めることもできます。

人に頼りながら、自分の境界線を守ることもできます。

これは、自他境界という意味でも大切な感覚です。

「人を信じるか、信じないか」の二択ではありません。

「この人の優しさは受け取る。でも、私の人生を決めるのは私」

という距離感があっていいのです。

親が変わることを待ち続けなくてもいい

そして、毒親育ちの方にとって非常に苦しいテーマのひとつが、「親への期待」です。

「いつか親が自分の気持ちを理解してくれるかもしれない」

「いつか心から謝って過ちを認めてくれるかもしれない」

「いつか真正面から向き合ってくれるかもしれない」

そう願う気持ちは、とても自然なものです。

本当は子どもの頃に欲しかったものなのですから。

愛情も、安心感も、肯定も、「あなたは大切な存在だ」という感覚も。

それを求めること自体がおかしいわけではありません。

ただ、大人になった今もなお、

「親が変わってくれたら、私は幸せになれる」

という場所に自分の人生を置き続けてしまうと、いつまでも自分の人生の主導権を親に預けたままになってしまいます。

「親が変わって私を救ってくれる」というヒーリングファンタジー

少し耳の痛い話をします。

「いつか親が変わって、過去の自分を救ってくれる」

というヒーリングファンタジーは、そろそろ卒業してもいいのではないでしょうか。

もちろん、本当に親が変わることもあります。

関係を修復できるケースもあります。

しかし、それを自分の人生が動き出すための条件や目的にしてしまう必要はありません。

親があなたに与えられなかったものを、親自身が後からすべて埋めてくれる。

残念ながら、現実にはそう簡単に起こることではありません。

そして、ここで大切なのは、

「変わるのはあなたです」

という言葉を、「あなたが悪いから変わりなさい」という意味で受け取らないことです。

そうではありません。

親に傷つけられた責任は、あなたにはありません。

変わるというのは、

「親に人生を握られた状態から、自分の手に人生を戻していく」

ということなのです。

「なぜ親は私を大切にしてくれなかったのか」から卒業する

毒親育ちの人にとって、

「なぜ私は大切にされなかったんだろう」

という問いは、とても根深いものです。

何年経っても考えてしまうことがあります。

「私がもっといい子だったら?」

「私がもっと親の期待に応えていたら?」

「私に何か問題があったのでは?」

でも、子どもが親から大切にされなかった理由を、子ども自身の価値と結びつける必要はありません。

親の問題は、親の問題です。

そして、もし今あなたが20代、30代であるなら、ひとつだけ覚えておいてほしいことがあります。

あなたの貴重な若い時間まで、親に差し出さなくていいのです。

親に傷つけられた過去は、あなたの責任ではありません。

でも、これからの人生まで親のことで埋め尽くす必要もありません。

「親にどうしてほしかったか」から「私はどう生きたいか」へ

カウンセリングで過去を振り返ることには意味があります。

自分がなぜ苦しいのか。

なぜ人間関係で同じことを繰り返してしまうのか。

なぜ人に優しくされると怖くなるのか。

なぜ「愛されたい」と思う一方で、人を遠ざけてしまうのか。

その背景を理解することで、自分を責める必要がなくなることがあります。

ただし、過去を理解することが人生の最終目的ではありません。

過去を理解したうえで、

「では、私はこれからどう生きたいのか」

へ視線を移していく。

「親にどうしてほしかったか」から、

「私は誰と一緒にいたいのか」

「どんな人間関係を築きたいのか」

「どんな毎日を送りたいのか」

「自分をどんなふうに扱っていきたいのか」

へ。

少しずつ、人生の焦点を変えていくのです。

自分の人生に、もう一度光を当てる

アダルトチルドレンや毒親育ちという言葉は、自分の生きづらさを理解するための大切な手がかりになることがあります。

でも、それはあなたの人生を一生説明するための肩書きではありません。

「私は毒親育ちだから、人を信じられない」

で終わるのではなく、

「私はそういう環境で生きてきた。だから、こういう反応をすることがある」

と、自分を理解するための肯定的感情として使っていってもいいのです。

そして、その先には、

「これから私はどう生きる?」

という問いがあります。

親に大切にされなかった過去があったとしても、あなたの人生までそこに縛りつけておく必要はありません。

もう、人生の主役を親に譲らなくていいのです。

あなたの人生の主役は、あなた自身です。🌿

そしてこれからは、親に向けていたその光を、少しずつ自分自身に当てていきましょう。

🌿 心理カウンセラー「ルーム718」

愛着障害・アダルトチルドレン・毒親育ち・発達特性による生きづらさなどを中心に、
来談者中心療法を大切にしながらカウンセリングを行っております。

この記事を読んで、

「もしかしたら自分のことかもしれない」
「一度話を聞いてほしい」
「気持ちを整理したい」

そんなお気持ちになられた方は、
どうぞ一人で抱え込まず、お気軽にご相談ください。

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