「よその子は可愛い?私だって子供だった時があったんですが?」――吉本ばななさんのnoteを読んで、親子の情について考えた

アダルトチルドレン

実は私は、このnoteを読むことを今日まで避けていた。

吉本ばななさんが、自身の家族や母親との関係について、かなりエグい記事を販売したことはSNS上でも相当騒ぎになっていることは知っていた。

吉本ばななのお母さんってヤバイ人なんだってね…。そんなツイートがリリース直後、エコーチェンバーも相まって、がちがちに私のタイムラインを埋め尽くしていた。

その記事を読んだら私は、そこに自分の母親との関係を重ねてしまうだろう。

自分の中にしまっていた苦々しい記憶を、いくつも思い出すことになるだろう。

きっと、毒親育ち当事者は、私を含め読むことを避けている方は多いのではないかな?と、想像。

2万文字ほどの文章で、価格は700円。

「いつか心の準備ができたら…。」と思いながらも、ずっと後回しにしていた。

そして今日、ようやく読んだ。

結果は、案の定だった。

読み進めるたびに、

「……これ、知ってるなんてどころじゃない」

「これも、まるきりうちの母なんだけど」

と、何度も手が止まった。

単なる「毒親あるある」という感じではない。

母親の言動そのものだけではなく、家族の中で人間関係がどう歪み、その歪みがどのように次の世代へ受け渡されていくのか。

そこまで含めて、自分自身の家族のことを考えさせられた。

吉本さんの家庭について読んでいて、私が少し羨ましいと感じたのは、お父さんがとても子煩悩だったことだった。

私の父親は、私に精神的なDVや性被害を加えていた。母親にも安心して頼ることができなかった私にとって、家庭の中に子どもの味方になってくれる父親がいたということは、少し羨ましく感じてしまった。

今日は、そのnoteの内容を紹介するというよりも、読んだ私自身が何を感じ、何を考えたのかを書いてみたいと思う。

「外では聖人君子、家庭では悪魔」という違和感

吉本さんのnoteで、まず強く印象に残ったのが、お母さんの「外に向ける顔」と「家族に向ける顔」の違いだった。

吉本さんの母もそうだったのではないか、と想像するが、うちの母は一歩外に出ると愛嬌があり思いやりがある信頼できる人(らしく)で、人たらしレベルの人気者だった。

友人や周囲の人に贈り物をしたり、知人が商売を始めたといえば率先してお金を落として応援する。

折り目正しく、きちんとした人であろうとする。

けれど、そのための負担やストレスが家庭の中に持ち込まれ、家族には当たり散らしてしまう。

このあたり、吉本さんの母が外に向ける好意の反動パターンとまるきり同じ。

「あの人にはこれを送らなきゃ」

「これもしなきゃ」

と、外に向かっては落ち度がないように全身全霊で気を遣える人が、家族には当たり散らしたり「塩」だったりすることが子供の私には心底不思議でたまらなかった。

そんな母を見ているうちに、人間は外では嫌なことをニコニコやって、裏では愚痴を吐き散らかしたりすることが「大人の常識」なのだとすら、痛い勘違いをずっとしていたぐらいだ。

子どもが自分の世界を持つこと

もうひとつ、吉本さんのnoteを読んでいて強烈に思い出したことがある。

私の母は、私が何かに集中していると、わざわざ声をかけたり、腕をつついたりしてきた。

本を読んでいるとき。

何かを作っているとき。

自分の世界に入り込んでいるとき。

わざわざ私の注意を自分に向けようとする。

子どもの頃は、「邪魔されて鬱陶しい」としか思わなかった。

でも、今振り返ると、単に集中を邪魔されたことだけが嫌だったのではないように思う。

私はそのとき、自分の世界にいた。

母親の存在を必要とせず、自分の興味のあるものに夢中になっていた。

子どもがそうやって自分の世界を持つことを、親はどんな気持ちで見ているのだろう。

「楽しそうでよかった」と、そのまま喜べる親もいるだろう。

一方で、子どもが自分から離れていくように感じて不安感でいっぱいになる親もいるのかもしれない。

子どもの自立を喜ぶことと、子どもに必要とされ続けたいと思うこと。

この二つを精神面で別問題と解釈して両立できる親は世の中どれぐらいいるのだろう?

「よその子は可愛いのに、私は?」

私の母が養護施設で働き始めたのは、後期高齢者になってからだった。

そこで出会った子どもたちの話を、母は私によくしていた。時には、子供たちが母のために描いた絵などを家に持ち帰っては飾ったりしていた。(私の作品を飾ってくれたことなど一度もない。)

「あの子が可愛くてね」

「こんなことを言ってね」

と、とても楽しそうに話す。

私はその話を聞きながら、胸が締め付けられるような複雑な気持ちになった。

「よその子のなにがそんなに可愛いのか」

子どもの頃から母に十分に可愛がられたという感覚を持てなかった私にとって、それは単純な「母は子ども好きなんだな」という話ではなかった。

むしろ、

「じゃあ、私は?」

という疑問が残った。

もちろん、今の私なら、母が養護施設の子どもたちを可愛がること自体が悪いことだとは思わない。

誰かに優しくできることは、決して悪いことではないし、ギリ、ポジティブに捉えるとしたら、自分の子供にできなかった優しさをかわいそうな境遇にいる子供たちに向けることで償っていたのではないか、ともいえる。

そして現在でも、母と一緒に歩いていて子どもがいると、どの子供にも近寄って行って、

「ほら、見てこの子!可愛いわね~」

と私の注意をよその子供に向けようとする。

一見愛情深いおばあちゃんの言葉だが、小さな子供に向ける執着は子供のいない私にとっては、ある種異様で、繰り返される母のプレゼンに、今でもザラっとした嫌な感覚が湧き上がってくる。

実は、私は若いころ妊娠した経験があり、その時の相手がアフリカ系アメリカ人の男性だったという理由で「世間に顔向けできない。生むのは許さない。おろしなさい。」といわれ、頑として母はその意見を撤廃しなかったという過去がある。

私はその当時、生活に困窮していたため、決断自体は間違ってはいなかったと今では思っているが、私が堕胎したという事実だけはまるでなかったかのように扱われていることで、小さな子供を見るだけで今でも少しそのことがフラッシュバックしてしまうということもあったりして。

他所のうちの子供が愛らしいと感じるのは責任が伴わないから。

今ではそのように理解して自分なりに納得している。

「他人には優しいのに、自分の子どもには?」

ここは、毒親育ちの人にとって、とても苦しいところなのではないかと思う。

親が「冷たい人」なら、まだ分かりやすい。

でも、実際にはそうではないことがある。

他人には優しい。

困っている人を心配する。

よその子どもを可愛がる。

世間には心遣いを忘れない。

テレビの向こうにいる知らない誰かの苦境に涙を流す。

それなのに、自分の子どもには、恐ろしいほどその優しさが向けられない。

すると子どもは、自分の中に原因を探してしまう。

「私が可愛くないから?」

「私が悪いから?」

「私には価値がないから?」

でも、本当は、親の愛情の向け方と、子どもの価値は別の問題なのだと思う。

コロナ禍に感じた「距離」

それを強く感じた出来事が、コロナ禍の頃にもあった。

当時、私はこれからどうやって生きていけばいいのか、必死になって考えていた。

仕事も生活も、この先どうなるのか分からない。

年齢を重ねても暮らしていけるように、自分で生活の基盤を作らなければならない。

その一つの答えとして、私は差し押さえになっていた同居者の実家、九州の某所に引っ越した。

「家があれば、年を取っても何とかなるかもしれない」

そんなことまで考えて、とにかく自分の人生を立て直そうとしていた。

あの頃の私は、本当に足掻いていたと思う。

ところが、その頃の私に対して、母から私を思いやるような言葉をかけられた記憶や関心を向けられて質問されたことは、ほとんどない。

その一方で、テレビに映ったオーケストラ関係者が、コロナ禍で公演がなくなり仕事を失っているという話を見た母は、身内の出来事かのようにまさかの号泣。

私はそれを見て、なんとも言えないばかばかしい気持ちになった。

「目の前にいる娘は、終の棲家とこれからの生活の安定のため、東京を離れようとしている」

そのような大事は母にとっては取るに足らないこと。

母が他人に優しい気持ちを持つことを不快に思っていたわけではなく、

誰かに優しくできるのなら、その優しさを身近な人にも1ミリでいいので向けてほしかった。

ただ、それだけだったのだと思う。

愛情の向き先が変わってしまうこと

吉本さんのnoteでは、お姉さんについての話も強く印象に残った。

母親から十分に得られなかった愛情が、猫へ強く向けられていく。

猫の治療費や餌などにお金を使い、自分自身の生活が苦しくなっても、そこから離れられない。

そして、「お金がない」と吉本さんに頼る。

吉本さんも、それを放っておくことができず、金銭的に支える。

さらに、お姉さん自身の健康状態や住環境も深刻になっていく。

令和のこの時代に家の中に大量のネズミがいるという話、お姉さんはネズミによって感染症を患ってしまったという話。

私は、ここまでくると「家族が崩壊している」という一言だけでは説明できないように感じた。

歪んだ支配の形。

満たされなかった気持ち。

誰かに必要とされたいという思い。

動物への過剰な愛情。

経済的な依存。

それを支える家族。

そして、もういい加減にいいでしょ、と周囲の誰もが同情の目を向ける中、支えることをやめられない人。

ひとつの問題が別の問題を生み、その問題をまた別の家族が支える。

そうやって、家族の中で役割が固定されていく。

これは、誰か一人だけを「悪人」として切り取っても見えてこないものなのだと思う。

家族の中で身につけた役割は、簡単には消えない

吉本さん自身についても、私はそこがとても切なかった。

世界的なベストセラー作家として成功している。

社会的には、自分自身の人生を十分に築いている。

それでも家族の問題になると、「自分がなんとかしなければ」という役割に戻ってしまうように見えた。

人は、家族の中で身につけた役割から、案外簡単には自由になれないのかもしれない。

外の世界では、自分の意思で人生を選択できる。

でも家族の前に立つと、

「私がやらなければ」

「私が支えなければ」

「私が我慢すれば」

という、ずっと昔からの感覚が蘇ってくる。

それは、単純な自己肯定感だけの問題ではないのだと思う。

「自分は家族の中で、どんな役割を担う人間なのか」という、もっと深いところにある自己認識の問題なのかもしれない。

親の事情を理解することと、傷つかなかったことは別

親子関係を考えるとき、親にも事情があったのだろうと考えることはできる。

親自身も、その親との関係の中で何かを抱えていたのかもしれない。

愛情をうまく受け取れなかったのかもしれない。

人との距離の取り方を知らなかったのかもしれない。

自分が必要とされることと、相手を愛することが混ざってしまったのかもしれない。

そう考えていくと、親の行動を理解できる部分も出てくる。

けれど、

理解することと、傷つかなかったことは別だ。

ここは、親子関係を考える上で大切なことだと思う。

親に事情があったとしても、子どもが寂しかったことは消えない。

親が不器用だったとしても、子どもが「私のことを見てほしかった」と思ったことは消えない。

そして、親が他人に優しくできたからといって、子どもが受けた傷がなかったことになるわけでもない。

「私には価値がなかった」のではない

今回、吉本さんのnoteを読んで、私は自分の母親との記憶をたくさん思い出した。

私が何かに夢中になっていると、声をかけたり腕をつついたりした母。

よその子どもの話を、とても嬉しそうにする母。

人に贈り物をするために、家の中で苛立っていた母。

テレビの中の見知らぬ人の苦境には、涙を流していた母。

そして、私自身が人生に迷い、必死になっていた時には、あまり心配してくれなかった母。

一つひとつは、別々の記憶だった。

でも、吉本さんの文章を読んで、それらが一本の線でつながったような気がした。

そして、そこから少しだけ別の見方ができるようになった。

「母はなぜ私をもっと可愛がってくれなかったのだろう」

という問いは、いつの間にか、

「母の中では、なぜ子どもの幸福をそのまま喜ぶことが難しかったのだろう」

という問いに変わっていた。

その答えは、私には分からない。

たぶん母自身にしか分からないこともある。

でも、ひとつだけ分かることがある。

親が子どもの幸せを喜べなかったからといって、その子どもに幸せになる価値がなかったわけではない。

親が子どもの話を聞けなかったからといって、その子どもの話に価値がなかったわけでもない。

親が子どもに十分な愛情を向けられなかったからといって、その子どもが愛される価値を持っていなかったわけでもない。

家族の物語から、自分の物語を取り戻す

親子関係は、外から見ただけでは分からない。

「いいお母さん」「善意に溢れた人」に見える人の家庭で、子どもがどんな気持ちで生きているのかは、外側からは分からない。むしろ、外面がいい親であるほど、子供が外部の人に少しでも親の悪口をいったとしても、誰も信じてくれないため味方もいない。

逆に、親の中にある問題をすべて理解できたとしても、それだけで子どもの傷が消えるわけでもない。

だからこそ、親の人生と自分の人生を、少しずつ分けて考えていくことが大切なのだと思う。

親が何を抱えていたのか。

なぜそんな人になったのか。

そこを考えることは、自分自身を理解する助けになる。

でも、そこで終わらなくてもいい。

「母はそういう人だった」

「父はそういう人だった」

と理解した先に、

「では、私はどう生きたいのか」

という問いがあっていい。

吉本ばななさんのnoteを読んで、私はそんなことを考えた。

他人の家族について書かれた文章を読んでいたはずなのに、気がつけば自分の家族の記憶を一つひとつ拾い直していた。

そして、もしかすると家族についての文章が心に残るのは、そこに自分自身の記憶を重ねられるからなのかもしれない。

「ああ、私の家庭環境とかなり近い」

「そういえば、あのとき私はこう感じていた」

そんなふうに、自分の過去を振り返るきっかけになる。

私にとって今回のnoteは、まさにそんな文章だった。

700円で2万文字。

読む前は、読むことそのものを少し躊躇していた。

けれど、読んでみてよかったと思う。

そこには、私が長い間「なぜなんだろう」と考えてきたことと、どこか重なるものがあったからだ。

そして今、ひとつだけ思う。

親から十分に愛されなかった経験を持つ人が、いつまでも「なぜ私は愛されなかったのか」という問いの中にい続けなくてもいいのかもしれない。

答えが分からないこともある。

親本人でさえ、自分がなぜそうしたのか説明できないこともある。

それでも、

「親が私に与えられなかったもの」と「私自身の価値」は、別のものだった。

そこだけは、切り離して考えていい。

そんなことを、今日このnoteを読み終えて、改めて考えている。

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